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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)8496号 判決 1987年11月30日

原告 甲野太郎

<ほか二名>

被告 国

右代表者法務大臣 遠藤要

右指定代理人 武井豊

<ほか四名>

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野太郎に対し金一〇万円、原告乙山春夫に対し金二〇万円、原告丙川松夫に対し金三〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)は一九八二年九月二二日東京拘置所に収容され、現在控訴中の刑事被告人である。

原告乙山春夫(以下「原告乙山」という。)は一九八七年四月二八日から無期懲役刑の執行を受けているものである。

原告丙川松夫(以下「原告丙川」という。)は足立郵便局に私書箱二七号(以下「本件私書箱」という。)を設け、それを使用していたものである。

被告国は、郵便事業を管理、運営し、被告の公務員をして私書箱を管理させ、原告らの郵便物の送達に従事させたものである。

2  不法行為

(一) 原告丙川は前記のとおり本件私書箱を使用していたが、一九八七年四月一三日、足立郵便局によって何らの事前の告知もされず右私書箱を廃止された。

(二) 原告乙山は同年四月二五日ころ、郵便物を本件私書箱に送ったが、右郵便物は本件私書箱登録の名義人である原告丙川へ転送されず、同年四月二八日ころ原告乙山に還付された。

(三) 原告甲野は同年四月二四日、本件私書箱に郵便物を送ったが、原告丙川に転送されることなく還付された。

3  違法性

(一) 足立郵便局がなした原告丙川に対する本件私書箱の廃止処分は、事前に何らの告知もされずに行われたのであり、本件私書箱の使用者及び登録名義人である同原告に当然行うべき告知義務を怠った不当、違法な行為である。

(二) 原告乙山、同甲野の前記各郵便物が原告丙川に転送されることなく差出人に還付されたことは、郵便法四四条によれば、不当、違法である。

また、同法五二条には「受取人に交付することができない郵便物は、これを差出人に還付する。」と規定されているところ、本件で「受取人に交付することができない」理由は全くなかった。すなわち、原告丙川は本件私書箱登録の名義人として、提出した書類にその氏名と住所を記入していたから、登録簿等を調査すればその住所が判明しえたものである。

更に、原告乙山が本件私書箱に同年四月一七日送った郵便物は、同月二四日ころ原告丙川に転送されているのであるから、前記の還付の行為が恣意的であり違法、不当なものであることは明白である。

(三) 原告甲野、同乙山は、前記の郵便物を送った当時、東京拘置所に勾留されている刑事被告人であり、信書の発信数が一日四通と同拘置所の都合上から制限されており、信書の発信はそれ自体大変貴重なものであった。特に原告乙山においては、判決が確定し、懲役刑を執行されることになれば、親族のみと一か月に一通という発信制限を受けることになるがゆえに、右刑を執行される直前に発信した郵便物を還付されたことにより多大の損害を蒙った。

原告丙川においては、自らに送達されるべき郵便物を不当、違法に差出人へ還付されたことによって、それら郵便物を受取ることで得られたであろう利益を奪われた。

右のごとく、足立郵便局の行った本件不法行為は極めて恣意的なものであり、行政事件訴訟法三〇条にいう「裁量権の範囲をこえ、又はその濫用があった場合」に当たることは明らかであり、憲法二一条、二三条及び二九条で保障されている原告らの権利を違法不当に侵害するものである。

4  損害

原告らは本件不法行為により基本的人権を違法不当に侵害され、極めて大きな精神的苦痛を受けた。右苦痛を金銭で償うとすれば、原告甲野については金一〇万円、同乙山については金二〇万円、同丙川については金三〇万円が相当である。

よって原告らは、被告に対し、それぞれ右各金額の損害賠償を請求する。

二  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1は認める。

2  同2の(一)のうち、原告丙川が足立郵便局に私書箱を設け、それを使用していたことは認め、その余については否認ないし争う。

同2の(二)及び(三)は認める。但し原告甲野に還付されたのは昭和六二年四月二七日である。

3(一)  同3(一)は争う。

(二) 同3(二)のうち、郵便法五二条に原告ら主張のような規定があること及び原告乙山がその主張の日に本件私書箱へ郵便物を送ったことは認めるが、同郵便物が転送されたことは不知であり、その余は争う。

(三) 同3(三)のうち、原告甲野、同乙山が本件各郵便物を送った当時、東京拘置所に勾留されている刑事被告人であり、信書の発信数が一日四通と同拘置所の都合上から制限されていたこと、原告乙山においては判決が確定し、懲役刑が執行されることにより親族のみと一か月に一通という発信制限を受けることになるものであったことは認める。原告甲野、同乙山にとって、東京拘置所に勾留中は、信書の発信はそれ自体大変貴重なものであったことは知らない。その余については争う。

4  同4については争う。

5  被告の反論

(一) 原告丙川は、本件私書箱の使用承認を受けた後、二週間ないし一か月間も右私書箱に配達された郵便物を受け取らないことが常態となった。

そこで足立郵便局長は、同原告が郵便規則(以下「規則」という。)七七条三項一号に定める、郵便私書箱に配達された郵便物を遅滞なく受け取ることができるという条件を具備しなくなったものと認め、昭和六二年三月一六日ころ、規則八二条に基づき本件私書箱の使用承認を取消すこととし、同原告と同様に使用承認を取消す者一〇名に対して発した「昭和六二年三月三一日限りで郵便私書箱の使用承認を取消す」旨の通知を同原告にも発した。以上によれば、足立郵便局長が使用承認を取消したことは何ら違法ではない。

(二) 郵便私書箱の使用承認取消については規則八二条に定めるのみであるところ、同条は取消前にいかなる手続を要するかについては規定していない。したがって、使用承認取消に当たり、法律上郵便局長に事前の告知が義務づけられているとは到底いいえないのであって、その手続については郵便局長の裁量に委ねられたものと解するのが相当である。

本件においては、前記のように足立郵便局長は、一五日間の猶予をおいて、原告丙川に対し、使用承認取消の通知をしており、右通知措置が郵便局長に委ねられた裁量を越えた違法なものということはできない。

(三) 郵便私書箱の使用承認が取消された後の郵便物は、規則等にその取扱い方法が定められていないので、一般の郵便物の例によることになる。郵便法四四条の定める郵便物の転送については、規則八七条ないし八九条が定めているが、定められた様式による転居届のあった場合を原則としており(規則八七条)、この届出がないのにもかかわらず郵便物を転送しなければならないのは、規則八八条の定める場合(通常郵便物の配達を受けた者が、受領後遅滞なく郵便物に受取人の移転先を表示して差し出したとき)に限るとされている。したがって右のような場合を除いて、郵便物は郵便法五二条一項、規則九〇条により、一定期間後、差出人に還付されなければならない。

(四) 足立郵便局長には、原告らが主張するような本件私書箱の使用承認に関する書類を調査して同私書箱の使用者である原告丙川の住所に転送すべき義務は存しない。郵便法及び規則によれば前述した場合にのみ郵便物の転送をすれば足りるのである。仮に、右のような義務を認めれば、大量の郵便物を迅速、正確に配達するという郵便制度自体の崩壊につながることは明らかである。

(五) 仮に原告ら主張のように、原告乙山が昭和六二年四月一七日本件私書箱に送った郵便物が、同月二四日ころ原告丙川に転送されたとしても、これをもって他の郵便物についての転送義務の根拠とすることはできない。もっとも郵便私書箱の使用承認が取消された場合、転居届がなされておらず、本来差出人に還付すべきであるとはいえても、できるだけ従前の使用者にとって便宜を与えるという趣旨で、集配郵便局郵便取扱規程一三九条、注12の2、2は転送先の届出がない場合でも「使用者の住所が自局内であることが判明している場合は、便宜配達する」旨定めている。同規程が「便宜配達する」としたのは、サービスという趣旨を表したものであり、仮に原告丙川に転送された郵便物があったとしても、あくまで郵便局のサービスとして行われたものである。右規程は郵政省内部の規則にすぎず、郵便私書箱の使用者一般に対する義務を定めたものではない。また仮に原告らが所定の転居届をなさないまま一度転送を受けたとしても、これをもって転居届があったものとみなされるわけではなく、被告が原告乙山に転送義務を負うことになったともいいえない。

よって、足立郵便局長が、原告らの主張する郵便物二通について、原告乙山に転送することなく、差出人に還付したことは何ら違法ではない。

(六) 原告らが主張するような郵便業務上生じた損害の賠償については、郵便法六八条が定めるところであり、同条によって国家賠償法上あるいは民法上の請求が認められないことになっているのであるから、同条によらないことが明らかな原告らの本訴請求は失当である。

理由

一  原告らは、被告に対し、原告乙山、同甲野が差し出した郵便物が原告丙川に配送されずに還付されたことによる損害の賠償を求めるものであるが、先ずそもそもこのような損害賠償請求権を認め得る法的根拠が存するかどうかについて検討する。

1  国家賠償法五条は、国又は公共団体の損害賠償の責任について民法以外の他の法律に別段の定があるときは、その定めるところによる旨規定している。

ところで、国が郵便物を取り扱うに当たり生じた損害の賠償については、郵便法六八条の規定が存在するところ、右規定は郵便事業が国の独占事業として大量の郵便物をなるべく安い料金であまねく公平に送付することによって公共の福祉を増進しようとするものである(郵便法一条参照)ことに鑑み、その反面において郵便物の取り扱いに当り生じ得べき損害の賠償につき国が賠償すべき場合と賠償すべき額を限定的かつ定型的に定め、もって郵便事業の円滑、迅速化をはかる趣旨のものであると解するのが相当である。

したがって、同条は国家賠償法五条にいう「別段の定め」に該当し、国は郵便法六八条に限定列挙された場合にのみ、同条により賠償の責任を負うものと解すべきである。

2  そこで、原告らの主張する郵便物の還付による本件損害の賠償について検討すると、これらはいずれも郵便法六八条一項所定の各場合に該当しないことが明らかであり、したがって右損害の賠償請求はいずれもその法的根拠を有せず、許されないものといわなければならない。

二  なお、原告丙川は、足立郵便局長が本件私書箱の使用承認を取消すに当たり同原告に事前の告知をしなかったことが違法、不当であると主張するけれども、同郵便局長が私書箱の使用承認を取消すに当たり事前にその告知をすべきことを定めた法規はないのであるから、右事前の告知をしなかったことをもって何ら違法ということはできず、またこれを目して不当と解することもできない。

よって、原告丙川の右主張も失当である。

三  以上のとおり原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 矢﨑正彦 小野瀬厚)

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